http://www.mfjtokyo.or.jp/events/details/585–20-.html

今日参加したこのシンポは本当に面白かったです。
日仏翻訳文学賞というもの自体を知らなかったけれど、今年で第20回とのこと。
小西国際交流財団さんというのが主催されており、とてもとても日本文学とフランス文学と、翻訳に対する愛の感じられるシンポでした。そして、登壇される先生方や、言及される先輩方とのご縁がとても感じられる温かな会でもありました。

まず、開会の辞は予定の清水先生ではなく、閉会の辞のみをご用意されていた野崎先生によるもので開始されました。この時点ですでに司会を務められた堀江先生と野崎先生のスマートさと、登壇する先生方の仲の良さが伺えました。

基調講演の宮下先生は静かな口調でありながら、翻訳という作業における重要なことを語ってくださいました。まず最初に「翻訳家」と「翻訳者」についてのお考えを述べられ、先生のような方が文芸出版の方ばかりと思われる場でこの旨の言及があること自体が驚きでした。講演のタイトルに「翻訳家」とあったからこそのご発言だったかもしれません。翻訳のみを生業とする方が「翻訳家」ではなかろうかというご発言でした。
そして、原文に忠実であることが免罪符とされることがあるという外山滋比古に言及し、反して、可能な限り逐語性を追求すべきであるという湯浅博雄、内容と言語は果実と外皮のように分離しがたい密着性をもっており、それを自国語において実現しようと試みるのが翻訳というベンヤミンを紹介くださいました。

そして、対談者である荻野アンナ先生のご登場。荻野先生は宮下先生のラブレー翻訳における逐語性を紹介してくださる上で、フランス語で最も長い動詞を紹介してくださいました。
morrambouzevezengouzequoquemorguatasacbacguevezinemaffresser
確かに、これで活用を覚えるのは苦痛でしょうね。
「ぽかぽか…ごつごつ殴る」という意味だそうです。

現代の教育、語彙の貧しさ、腐る翻訳(例:ギャル)、次世代に伝わる翻訳などなど、心に響く点の多くある内容の対談でした。

第二部ではフィリップ・フォレスト先生と澤田直先生の対談。フランス語での対談でしたが、両先生が作業された小林一茶の「おらが春」や「さりながら」を多分に言及しつつ、翻訳ということの重要性、翻訳調などが語られました。

ここでプログラムとは異なり清水先生のご登壇。先生とフランス文学、そして翻訳についての経緯をかいつまんでお話くださいました。もっとお聞きしたかったくらいです。

第三部のパネルディスカッションで、野崎先生は「翻訳文化の危機」を強調されました。翻訳は売れない、翻訳文学は要らない、文学部なんて云々というようなことまで耳にする昨今でありながら、第20回を迎えた当文学賞がもたらす重要性を紹介くださいました。セシル坂井先生は、漫画翻訳がもたらす日本語のシェア率の高さ、そこから波及する日本文化への関心を村上春樹の仏語翻訳作品も交えてご紹介くださいました。パトリック・ドゥヴォス先生は舞台言語(戯曲翻訳)の難しさにも触れられました(先生には是非、ダウンタウンの往年のネタ「あ評論家」をご覧いただきたい)。
野崎先生は自民党の「ほのぼの家族」にも言及されましたが、これの11、12ページあたりは確かにう~んとうなってしまいます。
堀江先生はこのディスカッションも本当にうまくまとめてくださいました。皆さん手持ちの時間が短く、早口で語られるところをうまく補って解説してくださいました。

このシンポが終わって思い起こしたのは翻訳フォーラムでのさきのさんのご発言(一字一句そのままではありませんが)、「翻訳って、私たち、本当に大変な作業をしているんですよね。」