カテゴリー別アーカイブ: 読書感想

APIED VOL.28 いま読む少女文学

『若草物語』、『赤毛のアン』などを想像していたのですが、まさにその通りの内容で、幼い日が思い起こされたのと共に、読み直してみたいという気持ちにかられ、さらにはまだ出会っていない作品(特にリュドミーラ・ウリツカヤ)を読みたいという気持ちが芽生えました。

『地下鉄のザジ』は色が違うのか、映画のイメージが強いのか、言及がありませんでした。

この本の最後から二番目に収録されているのが『北京一九三七』。北京にほど近いところで読むのは一層感慨深く感じました。

ルーシー・モード・モンゴメリの生涯が少し触れられていたのですが、内容を寂しく感じました。それから、プリンスエドワード島へはまだ訪問できていないことも思い出しました。

 

(久し振りに海外へ行くので、厚めの文庫を持っていこうか迷いながら、最近は本を読む時間が取り難く、読む速度も遅くなったため、読み途中のこの本のみ読み終えたら満足と思いそうした。
乗り継ぎ地点の北京空港ではすでに読み終え、その後深圳までの3時間がいかにも退屈であった。
しかも深圳空港内でも、市街の書店でも洋書・和書を見つけられず…。)

 

APIED VOL.28 いま読む少女文学

「死霊の恋、ポンペイ夜話、他三篇」ゴーチエ作

テオフル・ゴーチエのこの作品がまさか文庫本で出ているとは思わず、何年、いや、何十年かハードカバーを探していました。ふと目に付いたこの中古本を購入し、いずれの「積ん読」を差し置いても読んでしまいました。
「田辺貞之助訳」とされ、芥川訳もあるこの作品、さぞ古めかしい和訳かと思いきや、さにあらず、読みやすい、割りと現代的な日本語に訳されており、目を見張る美しい表現、想像するに空恐ろしい表現が随所に見られる傑作となっていました。
作品もしかり。吸血鬼のクラシック版と称される「死霊の恋」ばかりでなく、ポーの「早すぎた埋葬」を彷彿とさせるオニュフリユスや、怪奇幻想の逸話は悪魔の話は小気味よくテンポよく、軽快な面白味が感じられました。

2016/11/14 AERA 「校閲ガールを校閲してみた」

週刊誌AERAで「校閲ガールを校閲してみた」という記事が掲載されていると聞き、早速購入してみました。
このドラマは、時間があれば見ている程度。「地味にスゴイ!」というタイトルが好きではありません。原作を読む予定もありません。

記事の内容はと言うと主人公の河野悦子さんを採用するか、しないか。某社校閲部の部長さんはしないと言ったけどウチはするとか。それと、ファクトチェックに関する部分が大きく取り上げられている印象がしました。ドラマでもその部分が話題になっているからかもしれません。

校閲の指摘の重要性とか、コミュニケーション能力云々の話もあるのですが、いまいちあんまり伝わってこないのは、文字に対する校閲作業がこの記事では述べられていないからかもしれません。
校閲さんの必需品という写真も掲載されているのですが、ピンとこないというか、赤ペンも入っていない…。

同誌の「古文書を読もう」のほうがよっぽど興味を引かれました。
(カン・ドンウォンの最新作も。)

竹宮惠子 カレイドスコープ

もう本当に、この本は先日のサイン会前に読んでおかなくちゃいけなかった。

表紙の描き下ろしジルベールが嬉しい。そのほかにもたくさんのカラーページが嬉しい。
いろんな逸話が盛りだくさんで、今まで聞き知ることのなかったエピソードがたくさんあって…。
もう少しゆっくりと時間をかけて味わって読みたいと思いました。
読んだことのないかなり初期の作品も紹介されていたり、何度も読み返したあの作品もこの作品もいろいろと語られていて…。
また宝物の一冊が増えました。

https://www.amazon.co.jp/dp/4106022699

本の雑誌 400号 2016年10月

『400号記念なんでもベスト10』という特集で金子靖先生が「翻訳家10傑」を挙げられているというので購入してみました。購入のタイミングを誤って、一時品薄状態に陥っていたけれど我慢強く待っていたら数週間後、本日やっと手元に届きました。

現時点ではこの「翻訳家10傑」を読んだのみですが、記事の内容にとても満足していて、いずれの翻訳家がどういった理由で優れていると考えられるかということが明瞭に述べられています。知っている名前もいくつかあり、自らの「積ん読」に入っている書籍については、今後読むのがさらに楽しみに感じられました。
目次を読み、ペラペラとページを捲って見るだけでも興味深い記事も見かけられ、この雑誌を読むことも楽しみです。(今、読み途中の本と交互に読んでいくか…。)

https://www.amazon.co.jp/dp/4860113624

『SPEC~零~』(カドカワコミックスAエース) 了 春刀、原案:西荻 弓絵、脚本:里中 清流

これを読んだことで少しスッキリしたというか。

「ケイゾク」はかなり好きなテレビドラマなのですが、「SPEC」がレギュラー放映されていた頃は忙しかったのか、あまり見ておらず、断片的に見るには理解に苦しいドラマとなっていて、スペシャルドラマや映画なども見ずに過ごしてきたのですが…。いつだかケーブルテレビを試用した折に録画した「SPEC ~結~」(「漸ノ篇」と「爻ノ篇」)を、試験勉強しなければならない最中に見てしまいまして、そうしたらなんだか気になるところがいろいろと思い起こされ、検索したりしている内にこの「零」は読まなければならない気になりました。
SPのDVDを見ようと思わなかったのは、「どーせ柴田は出てこない」と思ったからでしょうね。

画は随分違う感じはするのですが、ドラマ映像の印象が強すぎるのでしょうがないのかもしれません。
柴田がバッチリ出てくるのが嬉しいんですね。言及される程度ではなくて、「ケイゾクとのつながり」がどうこうとかではなくて、柴田なしのケイゾク物語が自分には成立しない。それがこの漫画で確認できたのが良かったかなと。

SPEC映像作品をすべて見てみるとまた感想は変わるかもしれません。
演出家の印象が強いせいか、脚本の西萩弓絵が表面上に見えてこない。Wikiとかでもあまり紹介されていない。プロデューサーの意向が強い作品という噂も…。これについては脚本・演出・プロデューサの比較をブログで展開している方がいて興味深い。
リアルタイムで追っていないので、漫画化の意図などもよく分かりません。あ、しかもこの漫画だと朝倉も真山も出てこない。

http://www.amazon.co.jp/dp/4041202388

「少年の名はジルベール」 竹宮惠子

この本は面白かった。本当に面白かった。
最初読み始めて朝ドラになるんじゃないかと思った。三姉妹っぽいし。でも、家族との絆が強く描かれてはいないから無理だろうなとすぐに思った。
「大泉サロン」は聞き馴染みがなかった。萩尾望都さんともそんなに近い関係とは知らなかった。石ノ森先生への敬意はなんとなく知っていたのに。増山法恵さんとの関係性はなんとなく想像していたものに近かったかな、「強い人」のイメージはなかったけれど。

なにが面白かったかというと、風木のアイデアが電話越しに語られている様子を一緒に聞いているような感覚になれたこと、『ファラオの墓』が描き進められている様子を一緒に味わっているような感覚になれたこと、なんだろうか。
風木でさえリアルタイムで読んでいた訳ではないのに、初めて読んだそのときの感覚が久々に想い出された。

風木ビデオ化の話も、のりす・はーぜについても語られていないけれど、またこの先の楽しみにしたい。
何よりもDVD(ブルーレイ)化を楽しみにしています。

自分にとってはジルベールらしくない鮮やかな水色のカバーも嬉しかった。

http://www.shogakukan.co.jp/pr/takemiya/

「よみがえるヴァンパイア」 エリック・バトラー

サブタイトルを含めると「よみがえるヴァンパイア――人はなぜ吸血鬼に惹かれつづけるのか――」というタイトルの付いたこの本は面白かったです。最近出た本(原作の出版は2013年)ということもあって、あんまり期待していなかったのですが、ポリドリや「死霊の恋」、「ヴァーニー・ザ・ヴァンパイア」やについてなどもきっちり触れられていて、しっかりした内容になっていました。
ヴァンパイアよりも下層にあるゾンビとか、音楽とヴァンパイアとかについての考察も興味深く、かと思うと「ボードレールの詩の断片まで紹介されてました。「バフィー・ザ・バンパイア スレイヤー 」だの「トワイライト」だのは観るまでもないと思っていたけれど、一見の価値がありそうです。
ストーカーの「ドラキュラ」と並列にレ・ファニュの「カーミラ」を置かれるのには違和感を覚えましたが、遠くはないのかもしれません。
ジェンダーとセクシュアリティについても述べられていて、「自然の手段で生殖できず、子孫を残すことができない」というような表現も興味深いです。

この本は「訳者あとがき」も興味深かったです。松田和也さんという翻訳者さんは「悪魔学大全」(ロッセル・ホープ・ロビンズ著)、「吸血鬼の事典」(マシュー・バンソン著)、「神々の果実」(クラーク・ハインリッヒ著)など、オカルト系の翻訳が多いとも紹介されています。(ご本人によるインタビュー回答では少し違った表現が使われています。)
アン・ライスの<ヴァンパイア・クロニクルズ>シリーズは「インタビュー ウィズ ヴァンパイア」の成功による翻訳権料の高騰により全訳されていないのが真実だとしたら、残念なことこの上ないです。
また、日本の吸血鬼としての茶吉尼天は馴染みがなく、調べてみたいと思います。

テオフィル・ゴーチエが著した「死霊の恋」の芥川訳には「クラリモンド」というタイトルが付され、青空文庫で公開されていました。

この本を読みながら、「the undead」の訳は「不死者」でよいと確信も持てました。

 

http://www.amazon.co.jp/dp/4791769309

翻訳者の目線2015

日本翻訳者協会(Japan Association of Translators: JAT)のアンソロジー委員会により編纂された「翻訳者の目線2015」をやっと完読しました。
翻訳者さん・通訳者さんたちの業務に対する想いがページを綴っており、スパイスの効いたユーモア溢れた原稿があったり、目から鱗の教則や勉強法が披露されていたり、業務に対する高潔な心などなどが繰り広げられていました。

翻訳・通訳という業務にどのような形でも、少しでも携わる方たちには是非ご一読をお勧めしたい一冊です。

「翻訳とは何か―職業としての翻訳」 山岡 洋一

とある業界の大先輩に「え、これも読んだことないの?」と促され、手にした一冊。
読む前に大方のあらましを聞いてしまっていたのですが、納得しながら読むことのできた一冊でした。

第二章の「歴史の中の翻訳家」はとにかく興味深く、三蔵法師、フナイン、ティンダル、村田蔵六についてはそれぞれを詳しく学びたいとさえ思いました。少し言及されている杉田玄白やルターについても、その翻訳における所業に興味が尽きません。
そもそもどうして「翻訳」というものがこの世に存在するのか、そんなことが語られているようにさえ思われました。

三章以降については、2001年に初版が発行された内容とは思えないほど、現在も同じ状況が繰り広げられているように思われました。翻訳者、翻訳会社のあり方、そして翻訳学校という産業。翻訳サービスに関するISOがリリースされたこと、翻訳に関する団体が発展したことなど、多少の違いはあるけれど、内容には大きく頷けるところがあり、取り組むべき課題も浮き彫りにされているような。否、以前から分かっていたけれどなんともしようがないということなのか…。

痛いところを突かれる思いをするところもありました。米国の大学で学んだ比較文学の話を日本語ではできない自分がいたり、英語の五文型を知らなかったり。
初めて読んだ「コクトー詩集」の訳が堀口大學でなければ、今ほどコクトーに傾倒しなかったであろうとは思うものの、他に翻訳者として挙げられる名前は少ないのも事実。
また、翻訳に限らず「ものを書く」というのは「やくざな商売だ」という一説も妙に説得力があります。

翻訳には語学習得がつきものではあるも、英語が得意なのと翻訳が得意なのとは直結ではないこと、フリーランスであることの現実などもありていに語られており、「翻訳者」としての独立を考えている人には心構えをするための指南書といえると思いました。

http://www.amazon.co.jp/dp/4816916830